入水に向かない女性の思い出

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観光地と呼ぶには寂れすぎな海の街

釣り人もまばらな堤防から

女性が飛び込んだ

人ひとりを受け止めた海は

訴えるように大袈裟にどぼんと音をたてた

きっちりと脱ぎ揃えた靴に

彼女の意図を読んだ人々は

動揺しながらもそれぞれできることをする

あれこういうときって

110だっけか119だっけか

釣り人は竿を放り投げて

ロープを結んだバケツを投げようとする

釣ったお魚がはいっていたのに

「つかまれー」

瞬間 西部劇のカウボーイみたいなんて

おかしな連想をする余裕があるのは

飛び込んだ彼女が

溺れているのではなくて

きれいに泳いでしまっていたからだ

顔にはりつく髪の毛は海藻のようで

まくれあがった着衣は海中にそよぎ

花が咲いてるようでもあり

新種のクラゲのようでもあり

でも彼女はきれいに泳いでいたからだ

バージニアウルフのポケットのように

いっぱい詰め込んでいたわけではないから

周到に用意されたものではなかったんだろう

でもきれいに泳ぎながら彼女は困惑していた

なぜ自分はきれいに泳いでしまうのかと


カモメに誘われたんだろう

カモメは人の魂を沖へと誘うものだから


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カモメはね、ピリカ

なくなった水兵の魂だと言われてるんだよ

だから少しカモメは

寂しさに挑むような飛び方をするんだね