リスおじさんの思い出 2

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ある日おじさんが

「うちにコーヒーをのみにおいで」と

誘ってくださった

突然の訪問を奥様のしずかおばあちゃんは

快く迎えてくださった

おじさんがごりごりと豆を手で挽く

年配の人の暮らしっぽい

巨大なサボテンや君主蘭

年季の入ったテーブル

飾り棚の中の謎の人形たち

着替えを終えたしずかばあちゃんが

「お父さんちょっとちょっとおかつらのピンとめてくださいな」と

パールのネックレスに

アンティークなドレス

ツヤツヤのウィッグで再登場

慣れた手つきで蓋をあけ

フェルトのきれを優しくのけて

しわしわの指が鍵盤を走る

雪原を走るエゾリスのように


長らく調律を怠ったピアノは

くるってはいたのだけれど

人間の立ち姿といっしょで

どこか僅かに歪んだ感じが

妙に人懐っこさを感じさせて

こんな寒い雪の日に不意に老女が

奏でる旋律は温かく慈愛に満ちて

唇のしわにはいりこんだ赤すぎる

ルージュもいまは堂々と発色を誇り

コーヒーの深い匂いは

断熱された部屋の内側で甘く甘くたちのぼる


素晴らしい演奏を終えた

しずかばあちゃんは

ふさふさのついた椅子をくるりとまわし

樺太の思い出話をしてくれた

子供たちはパンツもはかず

ぶらぶらと股間まるだしで飢えていたこと

袖口はどの子もがびがびだったこと

海の寒さ

ロシア人がイクラを持っていってしまったこと

たくさんの蟹はたくさんで茹でるからこそ

出汁がまわっておいしいこと

波の音

お湯をいれたコカコーラのびんで

指を必死で温めながらピアノを弾いたこと

浜の風

ひもじいということの本当の意味

豊かさの側から見る貧しさの思い出


「あなたこの歌わかるかしら」

しずかばあちゃんは「浜辺のうた」を弾いてくれた

詩の美しい唱歌

最終章を惜しむようにゆっくりと繰り返せば

音が冬の午後に

思い思いに溶けてゆく

あれを余韻と呼ぶのでしょう


またいらっしゃいなと

坂本直行の絵の色紙をお土産にいただいて

玄関をでれば

お庭の木に肉片がぶらさがってる


おじさんがとんびやアカゲラさんのために

つるしてあるおやつです


(坂本直行は六花亭の包装紙の画家です)


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ピリカのぼれなくてかわいそうだなぁ

でもぼくのおしりばかり見ないでよね


そこにいたらぼく

うんこしちゃうかもしれないよ