名を与えるということ

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自転車に名前をつけたことがある

ホームセンターに並ぶ

その他大勢と何ら変わらない自転車

名を得た瞬間に

彼女の命の歯車がかちりとまわり出して

ただの道具から

意思もつ存在に昇格してしまった


冷えたハンドルやサドルに

体温が伝わり始めると

彼女は軽快に歌い出したものだった


夕暮れの駐輪場では

明らかに抜きん出て

車輪止めで忠実に姿勢を正していた


帰り道の下り坂

ペダルを漕ぐのは夕陽だった

長く伸びた影

引き伸ばされた車輪が畑を蹂躙します

スピードをあげたぶんだけ

手回しオルゴールのように

風はいつだって

世界の秘密を奏でたものです


だから事故であっけなく

彼女の体がぐにゃりと折れて

もう走れないとわかったとき

怪我した膝より

心が痛んだ


その時知ったのです

名を与えるということには覚悟がいる

心の合鍵を渡してしまうような

他者には見えぬものを

互いの視力を使って覗き込んでしまうような

優しさで撚り合わせた鎖で

互いをつなぎ合うような

絆という刻印を押してしまうことなのだと



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だからぼくらは君に

とても慎重に名前を授けたい


その話はまた後日

語るね